医療雑誌の編集から、言葉の意味づけへ|工藤清敏さんの塩の話
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自然海塩の復活運動に関わり、塩の研究会の活動を支えるようになった工藤清敏さん。その後の歩みでは、健康医療雑誌の編集や、一冊の本につながる出会いもありました。
今回は、工藤さんの関心が「言葉」や「体験の意味づけ」へと広がっていった経緯を、原著から紹介します。
「予防医学」の企画書が、雑誌づくりへ
工藤さんは、30代の頃に考えていたことを次のように振り返っています。
そういうことがあって僕も30代にはすっかり健康オタクになり、「予防医学」という言葉に惹かれて、「予防医学ステーション」というのを全国に拡げていきたいと思うようになり、その企画書を書いたのです。
その企画書が、人との出会いと新しい仕事につながりました。
するとその企画書がある人の手に渡り、僕に会いたいと言ってきた。その人は健康医療雑誌を作りたいと言い、一緒に会社を立ち上げて雑誌を作ることになったのです。
本書によると、その雑誌では病院のランキングや、医師・病院についての情報サービスも提供していました。工藤さんは編集長の仕事を通じて、代替医療や補完医療などにも関心を広げていきます。
ページ・ベイリー博士との出会い
その後、工藤さんは雑誌の会社を辞め、自然治療について探求するようになったと語っています。その時期の大きな出会いとして挙げているのが、ページ・ベイリー博士です。
当時来日していたヘルスリカバリーサイエンス研究で知られるページ・ベイリー博士のワークショップを受けて感銘を受け、「僕がやりたいことはこういうことだ!」と、ベイリー博士に精神免疫学を教わりました。それがのちに『免疫力が強くなる言葉の法則』(2006年刊)という本を書くきっかけとなったのです。
過去の体験を、どう受け止めるか
工藤さんが博士から教わった言葉として紹介しているのが、「意味が薬だ」という表現です。
ページ・ベイリー博士は「意味が薬だ」と教えてくれました。自分に起きた過去の体験にどういう意味付けをするかが大事なのだと。
工藤さんは、過去の体験に対する意味づけを変えるという考え方に強く共感したと語っています。この出会いが、言葉や考え方を大切にする、ご自身の活動につながっていきました。
本の出版から、講演活動へ
本を出版した後には、活動の場も広がりました。
本を出したら講演の依頼がくるようになり、全国を講演して歩くようになりました。
原著では、こうした経験を経て、塩についての講演にも取り組むようになった歩みが語られています。塩の研究会、雑誌づくり、本の出版、講演。それぞれの経験が、工藤さんの現在につながる背景となっています。
掲載箇所:原著pp.6〜9より部分抜粋。著者の経歴と考え方の形成を紹介しています。引用部分以外の導入・見出し・説明は、うまいもの研究所が構成しています。
次回予告:塩のブレンドの発想につながった、フランスのワイナリーでの体験を紹介します。